寒い季節に欠かせないアイテム、どんなものを思い浮かべますか?
暖かいセーター、手袋やニット帽にマフラーと答える方も多いかもしれませんね。中には革ジャン派という方もいらっしゃるのではないでしょうか?
スウェーデンの毛皮産業について紹介したこちらの記事【スウェーデンの毛皮産業を調べたら、哲学に行きついた話。】では、毛皮を取り巻くスウェーデン人の考え方について書きました。
記事を書く中で、「毛皮はダメ。でも革製品とウールはいいと思う。」と考えるスウェーデン人が多いと感じたので、今回は、革製品とウール(羊毛)事情をご紹介します。
「毛皮はダメ。でも革製品とウールはいいと思う。」それはなぜ?
スウェーデン人の意見を、ご紹介するところから始めましょう。
「できるだけ地元産のお肉を食べるようにしています。ベジタリアンではありませんが、週に数回はベジタリアン料理も食べます。毛皮は嫌だなと思いますが、人間が食べるために飼育されている動物の皮であればいいと思います。羊毛を生産するために、羊をと殺する必要はないので、ウール(羊毛)も使用しています。」
「毛皮のためだけに動物を繁殖させる理由はありません。革のジャケットと靴を持っているので、動物性の素材を使用するべきではないと言ったら、偽善者になるかもしれませんが、毛皮は持っていません。毛皮産業は不要だと思います。」
「毛皮産業に対する一般的な認識は、西洋全体では否定的です。でも、皮(革)については誰も、少しも気にしていないと思います。おそらく、みんな皮(革)をすでに亡くなった動物の副産物として認識しているからでしょうか?」
「私は、20 年以上ベジタリアンですが、ベルトや靴などの革製品をいくつか持っています。長持ちするからというのが言い訳ですが・・・。」
「いずれにしても、動物が亡くなる必要がある場合、どの部分も捨てずに「動物全体」を使用する(いただく)のが良いことだと思います。つまり、毛皮/革、肉など全てです。追伸、私は元ヴィーガンです。」
「皮(革)は、お肉の副産物であるから、使用する方がいいと思います。そうでないと、捨てることになるから。ウール(羊毛)については、正直なところ分かりませんけど、ウールのためだけにと殺する必要がないから、いいのではないですか?」
革製品は長持ちするため、大切に愛用している方が多いようですね。また、皮(革)は、牛肉、豚肉や羊肉の副産物であるから、使わないと、むしろもったいないという意見も見られました。
そして、ウールについても、毛を取るためだけにと殺する必要がないとの理由でいいのではないか?という声が聞かれました。確かに、使うほど色が濃くなり体になじむ革製品。これまで、誰の皮だったのか、思いをはせたことはありませんでした。
でも、お肉として消費している動物の皮を無駄がないように使わせていただくという点で、こちらで紹介したスウェーデンの方と同じ意見の方も多いのではと思います。
みなさんは、どう思いますか?
ウール(羊毛)の歴史はとても古く、すでに 4,000 年前、毛織物は中東から地中海東部まで大規模に生産されていました。紀元前の2000年頃には、羊毛で作られた織物がヨーロッパ全土に広まり、紀元前 750 年から 400 年の間には北欧にも伝わったとされています。
ウールはかつては富裕層の高級品でしたが、より多くの羊毛を得るために羊が飼育され品種改良などがされた結果、安価になり、庶民も入手できるようになっていきました。
青銅時代、2キロの羊毛は1キロの青銅と同じ価値があるとされ、デンマークのユトランド半島南部のオーク材のひつぎに埋葬されたミイラの女性が履いていた羊毛でできたスカートは、何と剣100本分に相当すると推定されています(1)。
寒さ厳しいスウェーデンでも、羊毛は重宝されてきたことが分かりますね。
さて、羊毛を取り巻く現在のスウェーデンはどうなっているのでしょうか?
スウェーデンにも、羊毛を得るため、牧畜を生業とする方がいますが、実際はオーストラリアなどの海外から輸入された羊毛が多く出回っているようです。羊毛を農家から購入し、メーカーに販売する仲介業者はスウェーデンに2つだけです(2)。
さて今度は、羊毛を扱う衣料品メーカーのIVANHOE of SWEDENをご紹介しましょう。
1946 年の創業以来、スウェーデン南部に位置するゲルスタッドの工場を中心に生産を行っており、現在は、主にイタリアやアルゼンチン産の羊毛が使用されているようです。
「スウェーデンの毛皮産業を調べたら、哲学に行きついた話。」の記事を読んでくださった方は、羊の暮らしぶりが気になる方もいるかもしれませんね。
ウェブサイトによると、羊はミュールジングフリー(ミュールジングを行っていない)とのことでしたが、それ以外の情報は見つけられなかったので、メールで問い合わせたところ、残念ながらお返事はありませんでした(3)。
ちなみにミュールジングとは、フライ・ス トライクと呼ばれる羊の臀部 に寄生するハエの被害から、羊 の健康とより良い生活を生涯 にわたって守るために、子羊に対して一度だ け行われる外科的処置で、去勢と同じような強い痛みが最低でも2日間続くそうです(4)。
ウールは、その長い歴史の中でスウェーデン人を魅了し続けていますが、残念ながら、現在、スウェーデン国内でのウール産業はあまり盛んとは言えないようです。
革製品には耐久性があり、世代を超えて愛用されるものがたくさんありますね。
例えば、革財布やベルト、ジャケットのお古を親や兄弟からもらったという方もいるかもしれません。
だからこそ、先ほどご紹介したように、スウェーデン人の間でも革製品は根強い人気を誇っているし、「使わなければ、もったいない。」という意見も多く見られました。
では、スウェーデンの革事情はどうなっているのでしょうか?
Swedish Tanners(スウェーデン皮なめし協会)によると、20 世紀初頭、スウェーデン全土に は130 を超える皮なめし工場があったそうですが、現在では4つとなっています。
こちらの協会に所属している工場は、北欧で食用として飼育された牛、羊、そしてトナカイの皮を扱っているそうで、動物福祉に関しては下記のような記載がありました。
“皮革(ひかく)は動物がどのように扱われてきたかを反映しているため、高品質なものを生産する皮なめし工場にとって、動物福祉は重要です。皮革生産の観点から見ると、高品質の皮革と動物保護は密接な関係にあるため、高品質の革の生産により、皮なめし工場が適切な動物保護に影響を与えることができます。この重要な問題について皮革産業と畜産農家との対話を可能にするトレーサビリティシステムがあります。(5)”
今回は、残る4社の内から、elmo(エルモ)社をご紹介するのですが、そのすごさを実感していただくために、まずは「なめし」についてお話させてください。
原料の「皮」が、製品の素材「革」なるには「なめし」という行程が必要になります。「皮」は、自然と腐敗や硬化などの劣化をしていきますが、それらを防ぎ、製品に使える素材として加工するのが「なめし」です。
革製品の生産拡大に大いに貢献した、クロムを使用したなめし方法ですが、近年、クロムによる環境汚染が問題視されるようになりました。水質汚染のため、汚染した地区ごと閉鎖されたバングラデシュの例もあります。工場で働く人にも重大な健康侵害がみられることが分かり、現在では使用自体を縮小する傾向にあります(6)(7)。
では、いよいよelmoのお話です。
80年代後半から、水をベースにしたコーティング技術でなめし工程を推進してきたパイオニアであるelmo社は、最先端の生物学的水処理プラントを設置することで、なめし工程を全て終えたあとの排水を浄化し、また川へと返しています。加えて、副産物として効果的な肥料を生産する事により地元の農産業にも貢献しているそうです(8)。
皮になる動物のことを考えて、環境に優しい水処理をしている。
その上、肥料まで生産しているなんて・・・。
elmoのユニークさが伝わったでしょうか?
ユニークと言えば、本物の皮ではない「ヴィーガンレザー」が存在しています。
私には縁遠い話だったのですが、高級車といえば「本革」だそうですね。そんな常識が一掃され、ヴィーガンレザーが高級車の代名詞になる日も近いようです。
スウェーデンの自動車メーカー、ボルボ・カーは2021年の9月に、すべての新型電気自動車のシートで革の利用を取りやめ、再利用されるなどした素材で代用すると発表。
2030年までに新車販売の全てをEVにする目標も掲げている。つまり、30年には販売する全ての車両をレザーフリーにする計画なんだとか。(9)(10)
「電気自動車」は環境問題に熱心なスウェーデン人の間で人気が高く、イーロン・マスクさんでおなじみのテスラも、お散歩に行くと必ず目にするほど、あちこちで目にします。
ただ、電気自動車は高いため、買うことを諦めたという人もちらほら。
そんな高級な車のシートで、革の利用を取りやめるということは、動物性の素材を使わないという選択自体が、消費者に対する付加価値を上げ、他社との差別化を図ることにつながっています。
注目を集めるヴィーガンレザーですが・・・。
食品廃棄物、石油に魚の皮と、さまざまな素材を使って作られるヴィーガンレザーですが、モノによっては耐久性がなく、本物の皮の方が長持ちするし環境にもいいのではないかという声も聞かれます。
それに加え、革は動物から採取されます。皮革は、食肉産業の副産物であり、皮革の使用は食肉産業の収益性に貢献するのです。
当たり前ですが、お肉を食べる人がいる限り、その副産物である皮(革)が産まれます。
例えば・・・
革の需要が減る→一頭の牛さんの価値が下がる→畜産農家の収入が減る→コスト削減のため、牛たちは、ますます過酷な環境に置かれる。
商品によるとは思いますが、一概にヴィーガンレザーの誕生をもろ手を挙げて喜ぶことは難しいと感じます。
今回はスウェーデンのウール(羊毛)と革製品を取り巻く現状をお伝えしました。ウールも革製品も、スウェーデンでは時を超えて愛用されています。
動物福祉や環境問題の観点から、ヴィーガンを選択する方も少なくはありませんが、そんなスウェーデンでも、ウール(羊毛)は、毛を取るためだけに、と殺する必要がないとの理由で問題ないと考える人が多かったですね。
加えて、革製品は長持ちするため、大切に愛用している方が多く、革は、畜産品の副産物であり、使わないと、むしろもったいないという意見も見られました。また、ヴィ―ガンレザーは、玉石混淆で、モノによっては環境に悪いということも分かりました。
さて、スウェーデンを代表するボルボ・カーは本革を使わないと宣言しています。
消費者として、考えたいこと。
革の使用が減るということ。酪農家の収入に直結することを理解し、その分お肉が高くなるのか、それとも、牛などの畜産動物が今まで以上に過酷な環境で生活することを強いられるのか。
当たり前ですが、放牧されて育った牛と、牛舎の中で、つながれて育った牛では後者の方が「コストの削減」であることは、目に見えています。
今後、ヴィ―ガンレザーが今以上に普及すると、革製品の立ち位置も変わることでしょう。
そんな時、この記事を読んでくださった方が、本革の重みを少しでも思い出してくださればとてもありがたいです。
(1)Ull historiskt lika viktig som brons(参照2024-02-05)|Forskning & framsteg
https://fof.se/artikel/ull-historiskt-lika-viktig-som-brons/?fbclid=IwAR1wKxOTBCZpu39YZJd2fooK7h2sxfLE20z-DybYptV5bx5WaK8AqvGeV4A#klarna:e1fc50b7-7b2d-57cc-b524-6fa6c91f76a3
(2)Ullmäklaren Charlotte ska göra svensk ull het på marknaden(参照2024-02-05)|SVT
https://www.svt.se/nyheter/lokalt/halland/ullmaklaren-charlotte-ska-gora-svensk-ull-het-pa-marknaden–w48wd2?fbclid=IwAR0gZWo8LLgWo5IoywwjwDAT6cGOhOj0o_J_75JmNXBNmxGEGYjUSCPeqW4
(3)Stickat i Gällstad(参照2024-02-05)|IVANHOE of SWEDEN
https://www.ivanhoe.se/blogs/material-och-produktion/knitted-in-gallstad
(4)ミュールシングフリーメリノウールスポーツウェア(参照2024-02-05)|Weekendbee
https://www.weekendbee.com/ja/pages/merino-wool-mulesing-free
(5)Swedish Tanners(参照2024-02-05)|Swedish Tanners
https://www.swedishtanners.se/
(6) Vol. 2 革の「なめし」と環境問題(参照2024-02-05)|CISEI
https://cisei-firenze.com/blogs/journal/vol-2
(7)ヴィーガンレザーとは フェイクレザーとの違いや特徴、メリットを解説(参照2024-02-05)|Eleminist
https://eleminist.com/article/2429
(8)Sustaonability(参照2024-02-05)|Elmo
https://jp.elmoleather.com/sustainability/
(9)欧州高級車が続々“脱本革” どう見る?(参照2024-02-05)|日経TEC
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00138/032201002/
(10)ヨーロッパ ファッションの変化 “もう動物を傷つけない”(参照2024-02-05)|NHK
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220502/k10013599511000.html